英語博士論文執筆に使用したもの、あれこれ

はらだまほ
30 min readAug 7, 2024

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印刷された博士論文を抱える筆者の自撮り。A4サイズ400ページ、青のハードカバーの論文を左手で抱えて右手を伸ばして自撮りした。
刷り上がった日の写真。大きさを伝えるために自分と写すしかないと思い自撮り。2024年夏。

6年かけて博士論文を書き終え、ロンドン大学から学位を与えられた。わたしにとってはこれが人生で初めて書いた論文である。

わたしはヴァイオリニストで、高校から修士課程まで音楽科に通ったため学位を決める大きな審査はいつも演奏による実技試験であった。ゆえに「人生でひとつも論文を書いたことがない」という状態から、「自分の第二言語で博士論文を書く」という無謀なことに挑んだわけだが、今回のポストでは、そんな「アカデミックライティングに長けているわけではなくかつ英語も流暢なわけではなかった」人間が、英語での論文を仕立てるためにつかったツールなどまとめる。

学部からわしわし論文を書いてきた人からすればとても幼稚でちゃんちゃらおかしい部分があるだろうし、もはやそこはお見逃しいただきたい。このポストは「こんなふうに力づくで書く人間もいるんだ」くらいに受け取ってもらえれば幸いで、もし使ったツールが誰かの参考になれば嬉しい。

目次
0 研究の動機ともともとのスペック
1 執筆計画
2 執筆につかったソフト
3 そもそものアイデア出し・下書き
4 参考文献探し
5 引用・参考文献の記述スタイル
6 英語の補助
7 インタビュー
8 インタビュー書き起こし
9 アンケート
10 Word カウント
11 提出前・印刷前
12
まとめ

0 研究の動機ともともとのスペック

最初に触れておくと、わたしが書いた論文は「ヴァイオリン奏法における embodied bias を乗り越える」というもので、ジェンダー論をベースにヴァイオリン奏法や学習法を再考している。ややオートエスノグラフィー的側面もある。

博士課程進学の動機としては、高校時代から抱いてしまった「音楽家として論文を書きたい」という夢に引っ張られた。それだけ早くから研究に憧れておきながら長らく研究テーマが自分の中でも謎だった。修士課程進学の段階では様々な事情から論文を必要としないコース(演奏により学位が与えられる)に進んだため(修士進学時に渡英)、一度は諦めた夢だったが、これが博士進学という選択肢に出会ったときに再熱する。

学校のチューター(英国の大学院にはチューター制度というものがある、言わば”担任の先生”的に自分の選考の先生以外になんでも相談できる相手)に進路相談をしに行って、博士進学に興味があること、そしてそのとき心に思い浮かんでいたふたつのテーマを話したところ、そのふたつのうち「ジェンダー論のほうならうちの学校に専門の先生がいるから紹介できる」と言われて、ひとまず話を聞きに行こうと訪ねていったのがのちの指導教官。出願前にミーティングの機会をもらい、「あなたの話していることは研究テーマに耐えうる題材だと思うし、博士に進むなら自分が指導できる」と言われ、受験を決心した。

モチベーションがプリミティブだったのが良かったかもしれない。だって「論文を書きたい」なんて、モチベーションとしてはわりとわけがわからない。執筆中に挫けそうな瞬間が何度もあって、辞めたほうが良いだろうかとも考えたが、動機がそれなので「論文、夢だったんでしょ!」というシンプルな言葉で自分を鼓舞することができた。結局執筆するうちに「このテーマはわたしが書かねば誰が書く」的な使命感が生まれたし、「博士論文が人生で最後の論文になる人とそうでない人がいる」ということにも気づいた(気づいてなかったんかい)。気づいた上で、自分はこれを最後にしたくないとも思った。やっぱり「論文が書きたい」のか? いや研究をし続けたいという意味なのだが。

英語力に関してのスペックも述べておく。実を言うと厳密には力が足りない状態で博士課程に入学した。本来であれば入学した学校では留学生の場合IELTS7.0が入学要件なのだが、わたしは英語で取った学位(修士)があるがゆえにIELTSが免除となったのだ。しかし先に言った通り実技でいろいろな課題を突破してきたので、博士課程に身を置くには英語力は明らかに足りてなかったと痛感することが入学後にたくさんあった(ちなみに博士出願の頃に念のためそして試しに受けてみたIELTSの成績は6.0だった)。

そこで在学中もいろいろな形態で英語を習ったりした。語学学校に通ったこともあれば、個人の先生に習ってみたり、またひとくちに英語の授業といっても英文法のコースもあれば発音のレッスンを受けたこともあるし、いろいろ試した上で今がある。今IELTSを受けてどんなスコアを取れるのかは知らないが、博士期間中が人生の中で一番英語力を伸ばした時間だったと言っても過言ではない。

また英語もさることながら、ジェンダースタディーをきちんと勉強し始めたのも博士課程に進学が決まってからのことだったので、無謀だと思った瞬間は何度もあったが、「嘆く暇があれば勉強しろ」という心の声に従った。

1 執筆計画

弊学は博士課程の最低修業年数が4年間で、スケジュールとしては、1年目の学年末に45分のプレゼンテーション、2年目の学年末に論文の計画書と半分以上の本体を提出・審査員と45分間のディスカッション(Transfer Viva)、その後は執筆者の調子に応じて全編提出・口頭試問(Final Viva)・人により修正(Correction)、そして印刷したものを提出して修了となる。そのため我々はひとつの論文を初年度からちまちま執筆していく形になる。もちろん途中でそれらがアップデートされて上書きされることはあるが、現にわたしも1年目末に書いたものの一部が最終稿に含まれている。

2年目の終わりには全体の半分程度を仕上げて審査を受けることになっているが、とはいえわたしはそのときの審査のフィードバックで新たな調査の追加を勧められたこともあり、大幅な計画変更を経て、当初3章立てのはずだった論文は5章立てになり、実際のところ半分より多くを3年目から5年目に書いたと思う。トータルの単語数はおおよそ6万7千語。

2年目を始めるときに指導教官から「Chapter plan」を書くように勧められた。反対に言うと、1年目は全体の作りなど全然見えていなかった。生まれたての星という感じで、自分が恒星になるのか惑星になるのか、どこに向かうかもわからなかった。テーマによるが、研究の最初の段階からチャプタープランを作るのはかえって難しいように思う。一旦風呂敷を広げて、やりたいこと全部並べてから取捨選択するほうがわたしにとっては良かった。

そういうことから、わたしにとってチャプタープランのタイミングは2年目の最初だった。それまでに論文は書いたことがなくとも、学部生時代からライティングの仕事をしていたので「全体を構成する」スキルはあることに加え、中学時代に書いた理科の実験のレポートでは「目的・方法・結果・考察」などを立項してから文章を書くという経験をしていて、いわばチャプタープランを立ててから書くことの初歩を知っていたことが幸いした。特に高校で音楽科に進学したせいかもしれないが、「中学時代の勉強をしっかりやっててよかった」という気持ちになることが執筆中に何回もあった。

チャプタープランを作るにあたって参考にしたのは以下。

  • 先輩のチャプタープラン
  • 大学院生向けの書籍

先輩のチャプタープランは、よくできているというものを指導教官がシェアしてくれた。やはり実物を見るとわかりやすいので、語法の習得のためにもなるほど論文をたくさん読むべきだと思った。自分のすぐ次の学年にいた友人には、相手から執筆の方向性の相談を持ちかけられた段階でわたしが率先してチャプタープランをシェアしたところ、やっぱり「あれは助かった」と言っていたので、実際のサンプルは強い。本来こういうものは研究室の中で共有されるものだろうが、研究室という単位がなく、アーティスト活動に忙しい人も多く、個々で動くことが基本となっているうちの学校だとそれがなかなか難しかった。

書籍は慶應義塾大学出版会の『アカデミック・スキルズ(第2版)――大学生のための知的技法入門*』や上野千鶴子・著『情報生産者になる』を見た。『情報生産者になる』には実際の過去の上野ゼミ生のサンプルが載っていて、これを参考にした。ひとまずは真似っこでも項目を目次に立ててしまって、そこから指導教官にフィードバックをもらって取捨選択すれば良いやと思って、必要そうなものを一旦全部ぶちこんで、適切に削ってもらった。わたしは博士課程の間を通して、こうした“ある種の幼い振る舞い”を辞さなかった。論文を書いたこともない、研究もひよっこの人間が付け焼き刃の知識でまともなことができるとは思えなかったので、わからないことは逐一指導教官に尋ね、そのように一緒に確認してもらった。甘えられるのも学生時代だからこそ。

*『アカデミック・スキルズ』は現在第3版が出ている

正直に言えば、この骨格を作るのに参考にできる書籍は必ずしもここで挙げたものであるべきとは思わない。似たような書籍はいくらもあるだろうし、自分の研究分野に即したものを選びたい。蛇足だがさらに言えば、骨組みを参照する上では、必ずしも著者が自分と主義主張や立場を共有する相手でなくとも良い。あえて批判したい相手のスタイルを踏襲することもできよう。

枠組みをある程度作ると断然見通しが立てやすくなった。ただし、見通しといっても常に微調整が続く。何より、本体の構成が人それぞれすぎて、そうして生のサンプルを真似しようにもどうしても自分にフィットしない部分が出てくる。「0を1にする」のが博士論文の難しさなのだと執筆中に何度も思った。それは構成のみならずひとつひとつの用語の使い方や定義にも及ぶ。指導教官は「PhDは言葉を探す場所だから」と言ったが、のちのちこの言葉にしみじみと納得した。

2 執筆につかったソフト

段階を踏んでいろいろなものを使ったので、まず全て列挙して、以下それぞれの使い心地を記す。

  • Pages (Mac)
  • Google Document
  • Word ( デスクトップ / One Drive )
  • Notion

文字を打つ、タイプするということに関しては一番自分にストレスがないものを使うべきと思う。長年 Macbook Air を使うわたしにとっては Pages が一番ストレスがなく、特に最初のアイデア出し・殴り書きの段階では Pages を使った。

しかし論文のレイアウトを整える段では Word のほうが便利で、たとえばわたしは Chicago Style で執筆していたが、Word にはあらかじめ各スタイルのレイアウトがプリインストールされている。これをはじめからがっつり使いこなせば便利だったろうな、と、途中で Pages から移管した身としては思った。しかし、わたしの場合は日本語書籍をリファレンスすることも少なくなく、外国語書籍のタイトルや著者の記載のひとつひとつまでこの機能にケアしてもらうのは難しい。結局最後は手打ちで整える箇所が出てくるため、わたしはついぞ Word のこの機能に頼ることはなかった。

→リファレンスなどのスタイルについては別途で便利なツールを見つけて、全てが手打ち地獄になる状況を免れた。これについては後述(「5 引用・参考文献の記述スタイル」参照)。

そして Word で執筆するうちに、ファイルがどんどん重くなって、特に指導教官のコメントが乗ったあたりからわたしのデスクトップ版のファイルが使いものにならなくなってしまった。開くのにも一苦労、1ページスクロールするにもお茶のひとつも淹れられそうな時間がかかる。これは単にわたしの Mac との相性が悪かったのだと思うが、そうなった段階でわたしは Google Document に全てを移し、すべてをクラウド管理することにした。

→圧倒的余談だが、知人に博論提出間近で外付けHDが破損して論文データの半分を失い卒業が1年遅れた人がいて、バックアップの必要性を思い知った。その教訓から、いつもデスクトップとHDDとクラウドの3か所にバックアップを取っていた。自分自身、提出直前にPCを街中のカフェに置き忘れるというアホをしたことがあった。結局PCは良い人たちのおかげであっさり見つかったが、このとき慌てずに済んだのは、全てがクラウドにあるというバックアップ体制による。

Google Document は機能のアップデートの反映が早く、わたしが執筆する間にも新機能がどんどん増えたが、先日、ついに印刷の日を迎える頃になって、先の Word に実装されている「スタイルのプリインストール」機能が追加されていることに気づいた。これから執筆をされる方は活用しても良いと思う。それから Google Document には逐次スペルチェックや文法的サジェスチョン機能があるのも良かった(後述・「6 英語の補助」参照)。ただしクラウドメインで生きていると Wi-fi がない環境で詰むので、そうしたときは Pages で書いてのちほど Google に貼り付けていた。

→ Google Document の圧倒的弱点が1つだけあって、本文にPDFや高画質画像の貼り付けができなかった。これは最後の提出前の段階で調整した(「11 提出前印刷前」参照)。

Notion はあくまでアイデア出しの下書き用と言った使い方だが、特にデータベース機能などはほかのワープロソフトにない強みだと思う。

執筆期間中にイギリス・ロックダウン期間ががっつり2年挟まっていたので、指導教官とはオンラインのやりとりも特に多かった。その点で Google Document と Notion は同時編集できるのが強い。学校のアカデミックアカウントがあるのは Office 系列なので、はじめは One Drive での共有も試みたが、編集記録が前後してしまって履歴が上書きされてしまうことがあり、2人以上の人間が同じファイルを編集するのがうまくいかなかった。

3 そもそものアイデア出し・下書き

わたしはやや懐古主義的なところもあり、本当に最初の、頭の中身をアウトプットするような段階では紙に手書きが多かった。ペンによって抽出するようなイメージだ。研究用に博士課程のはじめから Rollbahn (日本の文具メーカー・デルフォニクスの人気ブランド)を1冊いつも携帯するようにして、アイデアが浮かんだら書き留めるようにしていた。案外、研究に関係のなさそうな場面ほど何か思いつくことがあるので、そんなときに限ってノートがないことを悔やんだこともあり、荷物が許すならなるべく持ち歩くようにしていた。結果的に博士を終えるまでに Rollbahn は4冊になった。

なおこれは学校の指導教官たちの真似だ。先生たちはA5サイズかそれより小さい紙のノートを常に持ち歩いている人が何人かいた。モレスキンっぽい人もいたな。ノートと iPad という組み合わせも多かった。学生たちもノートを持つ人が散見されるが、世代的にいきなりラップトップに打ち込む人や iPad とペンシルという人のほうが多数派か。

わたしはノートでいまいちアイデアがまとまらないときは、より大きな紙に点々バラバラに物事を書き出すこともあった。カレンダーの裏側や失敗したコピー用紙の裏側のようなものを使って、順序も何も整理されていないままにとりあえず思い浮かんだことを書き出すことで、整理されることがたびたびあった。

こうした段階を経て、やっとデスクトップ上の文字というフォーマットにできるという感覚だ。

4 参考文献探し

文献はとにかく参考になりそうなものは何でも、といったところだが、ざっくりと「研究の考え方・進め方の参考になりそうなもの」と、「記述の裏付けとして具体的な箇所を参考にするもの」があると思う。前者に関しては指導教官やほかの教員からの勧めや、自分で見つけた本がそれに当たる。後者に関しては、何かを記述する必要があったときは、ひとまずググる、そして Google Scholar や JSTOR などで、論じたいことに合うものを探した。

今となっては、何をするにおいてもこうしてオンラインで調べることが最初の第一歩となっていて、たとえば図書館に行くにも、あらかじめ本の検討をつけてから、蔵書がある図書館を尋ねることのほうがすっかり多い。かつては図書館にひとまず行ってみて目的に合う本を探していたわけだが、そうしたアプローチを意識的に入れるのも方法と思う。なぜなら検索では“自分の想定外との出会い”がやや減るからだ。

個人的には、本来であれば一番図書館に通いたかった時期にちょうどコロナの外出制限があった。図書館に物理で行けない時間が長かったので、調べものはよりオンライン偏重となった。

なお利用した図書館は以下。

  • 英国王立音楽院(通っていた学校)
  • 大英図書館(年1で登録の更新が必要)
  • 東京藝術大学附属図書館(卒業生として利用者登録)
  • 東京文化会館資料室(年1で登録の更新が必要)
  • 国立国会図書館(登録時には時間の余裕を)
  • 栃木県立図書館(県民なので簡単に登録できた)

*ほとんど使いこなせなかったが、ロンドン大学の図書館セナートハウスも行った

これはコロナ対策の制限も影響したが、持ち前の体当たり精神で「行けば何とかなるでしょ」と何も知らずに身一つで図書館に向かって、その日入館できずに後日出直す、みたいなことがちょいちょいあった。大きい図書館ほど利用者登録が複雑で、受付時間が限られていたり、入館証の発行に時間がかかったり、利用登録に複数の身分証明書が必要だったりするので、出直しする羽目にならないようによく事前に調べてからいかれるべし。アホなわたしの屍は超えていってほしい。

時期的に感染症対策で以前にも増して事前予約がないと入れなかったり、人数制限があったりした場面があったわけだが、こういう想定外に備えて、図書館に行く日については予備日も計画していた自分の用意周到さはほめたい。住まいから近い図書館ならいつでも出直せるだろうが、たとえばわたしは1か月の一時帰国のうちの限られた日数しか東京にいないということがしばしばあったので、予備日に救われたことは一度や二度ではない。

英語文献を読むのははとにかく時間がかかった。どうしようもなく時間がかかった。どう読んでいたかは(というほどのこともないが)「6 英語の補助」の項に記す。

5 引用・参考文献の記述スタイル

ある日偶然に見つけた Web ツール「MyBib」が天才的であった。出てくるフォームに言われるがままに文献の情報を入力すれば、希望のスタイルで出力してくれる。それを Footnote と Bibliography 用に打ち出して、コピー&ペーストできる。そして無料。

しかも書籍は ISBN かタイトルを入れればオートで出版社情報などを検索してくれる。論文は DOI(Digital Object Identifier)を入力すれば出てくる。入力のフォーマットにはほかに新聞、ジャーナル、雑誌などもあり、さらには会話やメールなどもあるのが人文系にはありがたい。

これを見つけたのは5年目のことだったと思うが、見つけて以来ここに全てを打ち込んだ。何ならそれ以前に手打ちしたものの精度に自信がなかったので、過去のものも全部入れた。しかも最後にまとめてダウンロードするとそのまま Bibliography のリスト化が叶う。ダウンロードするときに画面に花吹雪が舞うのが嬉しい。

MyBib を使ったとて最終的な微調整として翻訳書籍などは手打ちで整える必要はあったが、雛形ができているというのは手間が圧倒的に軽かった。MyBib 上ではいくつもシートを作れるので、わたしは形式ごと(書籍・ジャーナル・Webサイト・新聞・画像・楽譜・CDなど)にシートを分けた。そうすると最後の Bibliography もあらかじめ種類分けされたものを順番に貼り付ければ良いので楽だった。執筆の途中からでも導入の価値はある。

6 英語の補助

執筆の補助と英文を読む際の補助、インタビューの補助について述べる。

《書く》

まずわたしの執筆が日本語スタートか英語スタートかと言うと、両方というのが正しい。

最初のドラフトの段階では日本語でうわーっと書き出すことも、はじめから英語のこともあった。そうであるから日本語の単語と英単語がとっ散らかってる状態である。英語の構文だけ取って単語がわからないから一旦その場所に日本語を入れておいたような文章もあった。

例)There must be 何らかの決まり for students.

当初は生真面目に、最初っから英語で書かないと英語的におかしくなるだろうし、英語力伸びないよって思っていたが、途中でひらきなおって

「自分の思考力表現力が最大にポテンシャルを出せるのは日本語なので、語彙力表現力中高生レベルの英語で何かを書こうなんて、自分への過信だわ」

と思い至ってからは、日本語で下書きをすることに躊躇しなかった。だって、「無意識のうちにインストールしてしまった社会規範に従った言動を取ってしてしまうことにどれだけの人が気づいているだろうか、そしてそこにジェンダーバイアスがないとどうして言い切れるだろうか」とかいきなり英語で言える? 当時のわたしは言えなかった。日本語でそう書き出してみてから、それに合う英単語を調べると、初めましての表現・単語だったりするわけだ。そりゃ自分の内にないものを求めても無理。むしろ日本語を経由したことでその表現に出会えたのでヨシ。

なぜ自分の英語力が中高生レベルだと知っていたかというと、Word count のページに「何年生の表現」と言われたからだ(単語カウントツールは後述・「10 Word カウント」参照)。

というわけで英語の表現を探すためにつかったツールが以下。

  • Google 翻訳
  • Weblio 例文帳
  • DMM 英語で何て言うKNOW
  • The Oxford Dictionary of Synonyms and Antonyms(紙の辞書)

Google 翻訳 と Weblio 例文帳 は組み合わせで使うことが多かった。まず Google 翻訳は、文節ごとに区切ったり、本当に書きたい文と同じ文章構造を持つ簡易な例文を入れて使う。

例)日本人女性演奏家に向けられるまなざしは、メイルゲイズのみならず、アジア人へのステレオタイプも含まれた、二重のバイアスがある。

この場合まず Google 翻訳に入力するのは「演奏家に向けられる眼差し」「これのみならずあれもある」「二重のバイアスがある」なんて具合だ。さすがに「日本人女性演奏家」なんでものは翻訳しなくても書けるが、「向けられるまなざし」となると、前後の文でも似た言い回しをすることがあるので、何パターンかアイデアがほしい。この場合直後に「male gaze」という決まった言い回しが来るので gaze を先に使えない、しかしわたしの英語力では1パターンしか候補がない。こうときにこうしてまずざっくり Google 翻訳を使う。そして Google 翻訳で出てきた言い回しが実際にどんな文章で使われているのかを、Weblio で検索した。そこで出てくる例文が、自分が書きたい文章の構造と近いかどうかを確認していく。

*念のため書いておくが、こうして区切って使って構文を取っていたので、Google 翻訳が出してくれた文章をそのまま貼り付けたりはしない。何より書き始めた頃(2018年)の Google 翻訳 は今ほど精度も高くなかったのでそのまま使える文章は出てこなかった。わたしの論文の中に結果として翻訳機が作るのと同じ文章になっているものがあるかもしれないが、それはむしろ翻訳機から貼り付けたものではない。

DMM 英語で何て言うKNOW は言い回しの細かい疑問に答えてくれるページが多々あった。

辞書は「Synonyms and Antonyms」が便利だった。辞書を使わずに単に Google で「bias synonyms」と検索して表現を探すことも多かった。とにかくボキャブラリーが乏しいというか、会話には事足りるが“繰り返しを避けたがる”英語のライティングにおいては力に不足があった自分に、類語辞典は役立った。

言うまでもなく表現は参考文献をたくさん読むことで蓄積される。しかし「今この瞬間にこれを言いたい」となったときの検索の窓口として、わたしはこうしたツールを活用した。

ちなみに DeepL や Chat GDP などは一切触っていない。単に乗り遅れただけだが、自分が執筆をかなり進めた段階で流行し始めて、締め切りタイムアタックの中で新しいツールに馴染む時間を作る心の余裕が自分になかった。または最初期に Grammaly を導入したこともあったが、自分は好きではなかった。かつ次第に Google Document が逐次スペルチェック機能を搭載してくれたのでそれで事足りた。

高校時代から持っている電子辞書もロンドンに持ってきたが、なんやかんやで使っていない。

《読む》

読むことに関していうと、本当に自分に絶望するほどの遅さだった。そんな中で有効だったのは、オーディオブックとの併用。耳で聴きながら目で書物を追うという状態が、音を流すと強制的に読むスピードがキープされる点でわたしには一番良かった。

普段書籍は紙派だが、英語書籍に関してはあえて電子書籍にしていた。意味を知らない単語をタップすれば内蔵辞書で意味を取れるので、この機能を活用した。さらに Kindle だと読んでいる速度から計算して読了までにかかる時間を表示してくれるので、それがモチベーションになったりもした(残り12時間だから日に2時間ずつ読めば6日で読み終わるとか・大体の場合そう都合良くは進まないが)。

それでも、オーディブルがない本だって多いので、そうなるともうもう力尽くで時間をかけるしかなかった。最近はスマホのアプリで本の読み上げをしてくれるものがあるようで、写真を撮ると自動で音声にしてくれるらしい。そういうのも使おうと思ってメモはしていて、結局使わなかったが、読むことに困難がある人は試してみるのもありだと思う。

《インタビュー》

インタビューについて、実施当時は今よりも英語力にやや自信がなく、特に相手の話していることを確認したり、より深掘りしたい場面で「どのように問えば良いか」わからなかった。そこで英語インタビューの際は同じ学校に在学していた日英バイリンガルに同席を依頼し、「自分がより突っ込んだ質問をしたいとき」に質問文の英語化を手伝ってもらった。インタビューの詳しい方法は次項に譲る。

7 インタビュー

インタビューはオンラインと対面の両方で実施した。基準はない。あちこちの人にインタビューをしたので基本オンラインベースで打診、会える人には会った、というところ。

オンラインで実施の際は、zoom や Skype、FaceTime や Google Meet など、相手に合わせてツールを選択できるようにわたしはひと通りアカウントを揃えた。また LINE 電話など音声のみでインタビューすることもあった。当時の zoom は2人での通話なら時間制限がなかった。先述の通り通訳者が同席する場合もあって、その場合は zoom なら複数 URL を発行したり、ビジネスアカウントがある人に時間無制限 URL を発行してもらうこともあった。もし今インタビューを実施するなら Google Meet にすると思う。相手がアカウントやソフトを持っていなくても URL を渡せば利用できるし、時間制限が1時間なので zoom より長い。インタビューの内容によっては1時間で収まらないことも多々あると思うが、この場合は複数 URL 発行でしのぐことになるか。

インタビューの記録方法はまず録音。相手に許可取って録音し、あとから録音を聞いて書き起こしや内容確認をおこなった(書き起こしについては次項「8 インタビュー書き起こし」参照)。音声は手元のボイスレコーダーまたは iPhone で。通話を iPhone でかけると録音に困るという凡ミスもあるし、バックアップがあると安心なので、ボイスレコーダーは便利だ(またはタンスに眠っている古い iPhone なども有効)。インタビューのやりなおしは効かないので、複数端末で備えると安心。イヤホンで通話をするとボイレコが使えないというジレンマもある。音声の聞こえやすさを考えると、相手にハウってしまうのを防ぐにはイヤホンにすべきなのだが、イヤホン通話を録音するなら zoom や Skype の録画機能に頼ることになろう。

わたしの場合は PC の容量が限界だったので録画をするキャパシティがなく、申し訳ないがイヤホンなしの通話で押し切ってボイスレコーダーでの音声録音で通したが、人によっては映像記録が研究素材になることもある。

8 インタビュー書き起こし

英語に関しては自動書き起こし Otter.ai に課金した。これは自分でがんばるところじゃないと思った。精度としては、文章に手直しが必要な部分もまだあるが、長尺の書き起こしを自動化できるようにしたのは課金の価値があった。書き起こされた文章を画面でなぞりながら、音声の再生速度を変えての再生も叶う。

日本語は良いツールが見つからず、結局自分でおこなうのが話が早かった。わたしはライターとして仕事を受けることもありインタビュアーの経験が大いに味方した。しかし書き起こしは正直時間がかかるので、日本語の有効な書き起こしツールもとても待たれる。

結論から言って、Otter.ai に書き起こしがあると、キーワードで内容を検索できて便利だった。14人ものインタビュイーがいて、正直内容を混同してしまう瞬間があり「あの質問へのあの回答は…」と単語を検索すると発話したのが誰かわかって、頭が整理された。

書き起こしは完了したのち全てひとつの Excel ファイルにまとめた。質問ごとにシートを作って、その質問に対する回答一覧を見られるようにした。回答の全ては引用せず、論文にはダイジェスト形式でまとめた。

9 アンケート

アンケートは Google From で実施。回答を自動でグラフや表にまとめてくれるのが良かった。

一度ゼミ内でアンケートについて発表した時にいじわるな指摘をされたのだが、Google Form は最後の確定ボタンを押すまでは回答を変更できる(というか変更できないフォームあるのか?)ため、わたしのアンケートではそれがゆえに「本当の答えを変更して回答者がジェンダーバイアスがない人間を装うことができたのではないか」と質問してきた人がいた。気になる方はそこについて対策を考えたら良いと思う。まあわたしの実施した匿名のアンケートでそれをするメリットがあるようにも思えないが、わたしのアンケートはそもそも正確な統計を取れるほどの回答数があるものではなく、正確に言うと書面インタビューの延長ということになるだろう。

10 Word カウント

Web ツール「https://wordcounter.net」とソフトに備わってる機能を併用した。Pages と Word で微妙にカウント方法が違ったりして、何を含んで何を含んでいないのかよくわからなかったので、そうしたときは Web のものを使っていた。

余談だが、この Word カウントのサイトで画面脇に目をやったら、単語数とともに「この文章の Reading level は高校相当」という表示が見えた。「えっこれ博士論文なんだけど…?!」と青ざめ、心がめげたりした。そこで難しそうな表現を探してきて文章に無理矢理入れてやっと「大学生レベル」を出して喜んだりもしたが、そうすると文章が無駄に長くなってまどろっこしいことになっていて、そうした表現は指導教員の添削のあとで軒並み消えていた。それを受けて、「難しく言えば良いわけじゃない、言いたいことが的確に伝われなければ意味がないし、それを簡単な文章で言えるならそのほうがいい」と心を入れ替えた。

11 提出前・印刷前

いざ提出の段になったときに、「2 執筆につかったソフト」で述べたように画像問題が発生した。Google Doc に挿入した画像が自動で低画質になる上にPDFが挿入できない。そこで高画質の図表はWordなどで別途編集し本文に対応したページ番号を手打ちして別のPDFファイルとして用意したのちに、本体と合体させるという手を取った。

最初の提出はPDFで、最後の最後で印刷製本して現物も提出した。いずれも最終稿を作る段で以下の手順を踏んだ。

  • Google Doc 上の論文をダウンロード、Google Doc 側は図表を挿入したいページを空白にして通しのページ番号を入れておく
  • 図表の前後でファイルを分割する
    例)図表が100ページ目だったら、1–99ページ目のファイル[A]と、101ページ以降[C]に分ける
  • 図表のみのPDF[B]を作る、通し番号と対応するページ番号も挿入
    例)図表に100ページと刻印の入ったPDFを書き出し
  • PDFをまとめられるWebツールで結合させる
    例)[A][B][C]の順で結合

例では簡略化したが実際には[B]のようなものが3つあり、結合前のファイルは6つくらいあったし、それぞれが数ページに渡ることもあった上、図表のみ別ソフトでの編集が必要だったので、本文と同じ場所に通しのページ番号をつける作業が思いのほか大変だった。しかも、最初の提出、コレクション(修正)語の提出、印刷前の再修正でこの作業を何度もおこなった。

今は物理的な提出を求めない学校もあるらしいが、わたしの学校はハードカバーひとつとソフトカバーひとつの提出が必要で、これを納めて卒業確定となる。なおわたしは“印刷して納めるくだり”がすっかり想定から抜けていて、コレクション作業中に学科の主任に「そう言えば印刷屋の当てはある?」と聞かれてハッとした。なぜかてっきり学校を通してどこかロンドン大学指定の会社にでも頼むのかななんて呑気に考えていたら、自分で印刷所に入稿して引き取り・提出だった。主任曰く、印刷屋さんは毎年いくつもも依頼が来るからロンドン大学のフォーマットはこちらよりよくわかっているとのことだった。印刷代もまあまあかかることはあらかじめ心の片隅に置いておきたい。400ページ近く書いた自分を誇らしく思っていたが、支払いと引き取りのときはその価格と重量ゆえに恨んだ。

なぜか学校の公式レギュレーションが最後のレイアウトの細かいところの明文化ができていないので、最後は主任に尋ねたり、直近の先輩の論文を見て確認した。でも最後の最後で迷った段落の処理の部分は、シカゴスタイルに立ち返ると明らかだった。基本を押さえるのは大切。

12 まとめ

論文を作る上で必要としたツールはおそらく以上で網羅したと思う。不器用だったなと思うところもたくさんあるが、非効率を経験したから効率が見つかった、そんな感触もある。

そりゃあ、卒論修論を書いていればスタート地点が違ったとは思うし、今だったらもっと器用にできたのに、と思うところは尽きない。でもわたしにとってはそれを知るための博士課程だったし、それらの成長の種は今度の論文に生かせばよい、と今は思っている。自分の場合には、ヴァイオリン演奏に全振りの人生を生きてきたからこそ、それが自分をロンドン大学にまで運んでくれたわけで。

新しいことを何歳から始めたっていい、知らないものを前に謙虚さ・素直さを持てるなら。これは先人音楽家の言葉で、この言葉に出会ったのはまだ藝大の学部生だった頃のことだ。もっと早くから手広く勉強していればと思う日もあったが、ひとつの専門を極めていたからこそ至った境地もある。

道は人それぞれ。こんな人もいる、ということで、ひとつの例になれば嬉しい。

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はらだまほ

ヴァイオリン弾き。装備は弓とペン。いつでもシャツ着てます。藝高/東京藝術大学/英国王立音楽院修士・博士。ロンドン在住。