音楽家の「フリフリドレス」の起源を探る

はらだまほ
20 min readMay 27, 2022
© Kenshu Shintsubo

わたしは3歳からヴァイオリンを弾いてきて、今年でその歴はめでたく四半世紀を迎えますが、その年月の中で何度となく「ドレス」を身につけてきました。ヴァイオリニストで、女性の見かけを持つものとしてステージに立つときに、ドレスは避けて通れない存在として立ちはだかっています。

しかし日常生活において、わたしはヴァイオリンを始めた頃にはすでに、スカートよりもトラウザーズ(ズボン・パンツ)を好んで着ていました。そんなわたしがなぜ本番ではドレスを着用してきたのかと言えば、幼い頃は「大人から与えられたものだったから*1」、そして大きくなってからは「みんなが着ているから、みんなと揃えるため*2」というのが強い理由でした。

*1. 特に「服飾にかけるお金」が本人以外から支出される場合、スポンサーの意向はとりわけ強く反映されるだろう。
*2. 同調圧力が強めな日本では、特に「他人と異なる装い」をすることに勇気がいる。

大人になるにつれて、自分の着たいものと、周囲の期待に応えて身につけるものは、必ずしも一致しないということに思い至ります。特に、ほかの楽器奏者に比べて、ヴァイオリニストは「華やかなドレス」「フリフリドレス」の着用が強く期待される部類に属していることに気づきました。さらに言えば、大学を卒業してイギリスの留学してきたときに、日本で着ていたような「フリフリドレス」は、こちらではあまり見かけないという発見がありました。

なぜ、日本では今「フリフリドレス」が期待されるのか。その由来を探るべく、①日本における洋装の普及②ウェディングドレスの流行の変遷を調べてみました。

演奏家の衣装について、日本における独特の傾向は無視できません。2022年現在、デコルテが大きく出た、Aラインないしはプリンセスラインのふんわりとしたスカートというのが、一般的な音楽家像として挙げられるスタイルです*3。スカートはしばしば、パニエによってボリュームを増して用いられます*4。本稿において、「フリフリドレス」とはこのスタイルを指します。

*3. Google 検索にて「音楽家 ドレス」と検索したところ、一面にそうしたドレスが並んだ。画像は検索時のスクリーンショット(撮影2022年5月23日)。
*4. 筆者の経験。身の回りでもパニエがよく着用されている@日本

ちなみに英語で「musician dress」と検索した場合(撮影2022年5月27日)。「dress」は「着飾る」という意味の動詞としても働くので、一概に同じ言葉の検索とは言えないが、参考まで。

まずは日本における洋装の歴史を簡単に振り返ります。日本の近現代史を語る時には、文明開化と二次大戦が特別に歴史を区切るものであると言えます。文明開花の前には200年の鎖国があり、二次大戦前夜は敵国のものとして英米の文化や言語が全て禁止されました(同盟国であるドイツとイタリアのものは許された*5)。その制約の後では、まるで「ヨーロッパに追いつけ」と言わんばかりに、西洋の文化を急速に受け入れる時期が発生します。

*5. 大阪音楽大学HP「100周年史」による。 https://www.daion.ac.jp/about/anniversary/1931-1945/#63eba726

戦前の日本では、和服と洋装の両方が日常的に用いられていました。1920年代の大阪音楽学校(現・大阪音楽大学)では、生徒の服装に以下のような規定があります。

‘「男生徒は黒色サージ詰襟、所定金ボタン附、帽子は帽章附丸形学生帽、女生徒式服は冬は黒袖五つ紋夏は麻薄鼠五つ紋附とし袴はオリーブ色セル地とす、通学服は和洋何れにても華美ならざるものとし和装の場合は必ず前記の袴を着用すべし*6」’

*6. 大阪音楽大学HP https://www.daion.ac.jp/about/anniversary/1931-1945/#68425992

男女で洋装和装の違いがあった理由に、以下があげられています。「明治期に洋服がもたらされ、男性の洋服の普及に比べると、女性の場合は貞淑・従順などの婦徳が重んじられたため洋装がなかなか進まなかった。一般女性への普及が進んだのは1923年(大正12年)の関東大震災で和服の非機能性が問題視されたのが契機といわれる。学生たちの服装や演奏会の衣裳においてもその変遷がうかがえる*7」。結果として昭和10年代(1935年以降)あたりから女子生徒の洋装も増えていることが、同校のHPに掲載されたアーカイヴ写真で確認できます。

*7. 大阪音楽大学HP https://www.daion.ac.jp/about/anniversary/1931-1945/#68425992

その後「長引く戦争はやがて物資の不足を生み、中学校以上に在籍する学生の制服も1941年(昭和16年)より文部省によって統制を受けることとな」ったため、「男子は国民服・戦闘帽・ゲートルの着用と、制服の新調を控えるように定められ、女子は統一されたデザインの服を着用するよう求められ」ました *8。そうして白襟にワンピースドレスのような女子制服が登場します。すなわち女子は、第二次世界大戦によって洋服を着るようになったのです。

*8. 大阪音楽大学HP https://www.daion.ac.jp/about/anniversary/1931-1945/#68425992

日本における服飾の歴史を鑑みるに、既成の洋服が広まり始めたのは50年代後半から60年代にかけて。縫製が比較的簡単なボトムスのほうが広まりは早かったものの、背広も70年代でぐっと既成服化が進み、82年では既成服+イージーオーダーの購入は全体の9割に届きます*9。すなわち、いまだにビスポーク(オーダーメイド)が存在する舞台衣装の場合に、既成服の普及はこれより少し遅い頃と言えるでしょう。90年代に生まれた筆者は、既製舞台衣装の発展とともに育っていると言えそうです。60・70年代においては、ドレスは母親が作ったものを着ていた、という、あるヴァイオリニストからの証言があります*10。当時はドレスがすごく高かったから、家で作ったほうが話が早かった、というのが理由だそうです。

*9. 「日本におけるアパレル産業の形成」木下明浩(2016)による。 https://www.kci.or.jp/research/dresstudy/#content_2016
*10. 筆者が見聞したところによる(2022)

続いて、象徴的なドレスとして「ウェディングドレス」の変遷を眺めてみることにしました*11。参考にしたサイトでは欧米の流行100年分の記録を見られましたが、ここではあえて「日本で既成服が定着してきた」80年代以降に絞って、日本の流行とも見比べていきます。

*11. ‘Here’s What Weddings Looked Like the Year You Were Born’ by Country Living Staff (2020) https://www.countryliving.com/entertaining/g3222/history-of-weddings/

80年代はダイアナ元ウェールズ公妃とウェールズ公チャールズ皇太子のロイヤルウエディング以来、プリンセススタイルが世界的に大流行。大きな袖とボリュームのあるスカートというスタイルですが、そもそも大きな袖は日常着においても80年代のはやりでありました。また日本は時代的にバブル景気(80年代後半)が重なって服にお金がかけられる時代でもあります。そこから90年(秋篠宮皇嗣同妃両殿下)93年(天皇皇后両陛下)と日本のロイヤルウェディングが続きました。ここでボリューミーなスカートというプリンセススタイルへの憧れは固まったように見えます。

ウェディングドレスはその後、90年代後半にスパゲッティストラップ(細い肩紐)が*12、00年代にストラップレスドレスがトレンドとなります*13。普段着にも言えますが、80年代の反動でミニマライズがトレンドとなった影響が両方に見て取れます。しかし欧米の写真ではスパゲッティストラップやストラップレスのドレスの場合スカートもストレートなものが多く見受けられるのに対して、日本ではボリュームのあるスカートが継続して観測できるのです。日本におけるドレスのミニマル化は、上半身にのみ適用されました。

*12. Country Living Staff (2020) https://www.countryliving.com/entertaining/g3222/history-of-weddings/
*13. ‘100 Years of Fashion: Wedding Dresses ★ Glam.com’ https://youtu.be/rKegRnTimFs?t=150

その証拠として、日本国内での調査にこんなものがあります。平成(1989–2019年)年間におけるウェディングドレスとしてイメージされるデザインについて、2019年に約500名のウェディングプランナーに対しておこなわれたアンケート調査によれば、「Aライン」が52%「プリンセスライン」が18%の票を獲得しています*14 。ほかに「スレンダーライン」24%「マーメイドライン」6%という選択肢がありますが、実に70%のウェディングプランナーが、ウェディングドレスといえば「裾が広がるドレス」というイメージを持っているということです。

*14. 「T&Gウェディングプランナーアンケート500人アンケート調査Vol.17」株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ(2019) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000012799.html

興味深いことに、日本人女性演奏家の衣装の変遷は、このウェディングドレスの流れにぴったりとあてはまります。以下に観測事例を挙げますが、これは衣装の変遷を追う以上の意図や感情はありません。衣装は時として着用者の意思に反することもあるからです。

1986年の竹澤恭子*15、86年の五嶋みどり*16 は袖の大きなドレス、90年諏訪内晶子もまだバルーンスリーブです。しかし諏訪内の97年のCDジャケット*17 はスパゲッティストラップでボリュームのあるスカートです。スパゲッティストラップのドレスは08年の演奏会で庄司紗矢香*18 が身につけているのも確認できます。そして08年発売のCDで木嶋真優*19 がストラップレスドレスを着ている写真がメインビジュアルに使われています。

*15. Indianapolis Public Library Digital Collection https://www.digitalindy.org/digital/collection/ivci/id/1010
*16. The New York Times https://www.nytimes.com/1986/07/28/arts/girl-14-conquers-tanglewood-with-3-violins.html?smid=url-share
*17. タワーレコードオンライン https://tower.jp/item/540515/%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3
*18. UNIAN agency https://photo.unian.info/photo/105921-sayaka-shoji
*19. Amazon.co.jp https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%8C-%E6%9C%A8%E5%B6%8B%E7%9C%9F%E5%84%AA%EF%BC%88Vn%EF%BC%89%E6%B1%9F%E5%8F%A3%E7%8E%B2%EF%BC%88Pf%EF%BC%89/dp/B0011BKMEG

しかしその後、諏訪内も庄司も木嶋も、時を経るにつれて、より普段着に近いような服装またはより肌の露出が少ない衣装がジャケット写真に用いられるようになります。宣材写真もしかり。

にも関わらず、10年代は特に10代20代の間でドレスが華美になっていきます。まずインターネットと物流の普及で、海外からの通販がかなり簡単になり、さらにこのころ安価な既成服がぐっと増えたために、購入が容易になったのです*20。特に中華系の安価で華やかな通販サイトが日本で流行し始めた頃。時はSNSの時代になり*21、普段から「盛れる」ことが評価軸になる中で、衣装もどんどん盛られていく傾向が表れます。

*20. 筆者の経験。および、経済産業省の「電子商取引実態調査」の資料で「越境EC」という言葉が見出しとしてはっきり現れるのが、平成22年(2010年)。 https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/statistics/outlook/ie_outlook.html
*21. Instagram が iOS の App Store に登場したのが2010年。https://ja.wikipedia.org/wiki/Instagram#cite_ref-igoct2010_8-0

また既成服は着用時にサイズ調整しやすいように作られるものが多く、調整は主に背中のレースアップが担っています。そうなるとチューブトップやスパゲッティストラップは合理的かもしれません。首・肩周りのサイズを問わないため、より多くの人にフィットさせやすいのではないでしょうか。

加えて10年代にドレスの印象を強めたのは「12人のヴァイオリニスト(06年結成*22)」でありましょう。およそ12人のメンバーが揃いの、または色違いのドレスを着てパフォーマンスをする、既存のステレオタイプを活用した形の見せ方です。全国ツアーをおこなっており、テレビ番組にも取り上げられるので茶の間における知名度が高いと言えます。

*22. 公式HP参照 https://www.12violinists.com/profile/

おそらく、ストラップレスドレスの元祖はアンネ・ゾフィー・ムターです。ボディコンシャスなマーメイドラインは強いインパクトがあります。彼女は80年代から着用しているのが確認できます*23。彼女の場合は肩当てなしで演奏するので、楽器と体を遮るものを完全に無くすためにあのデザインを選んだのでしょう。もちろん現代でも弾きやすさからチューブトップを選ぶ人はいます。

*23. 88年のライブ録音のCDジャケットで確認。HMV&BOOKS online https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%EF%BC%881840-1893%EF%BC%89_000000000018904/item_%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8D%EF%BC%9D%E3%82%BE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%81%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%A4%E3%83%B3%EF%BC%86%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB_65826

しかし、ドレスはそうして「機能面」でそのデザインを選ばれている、ということは、しばしば忘れられているのではないでしょうか。露出されている肌のほうに目を向けて、「セックスシンボル」としてのそれになってしまってはいないか、と危惧しています。これは単に、「まなざす側の未熟さ」が引き起こしているとわたしは考えます。男性のまなざし、すなわち「Male Gaze」の、音楽界における影響です。

10年代に東京で音楽学生として高校・大学時代を送ったわたし自身の経験で言えば、まずドレスは寒色系暖色系、各色揃っているのが望ましいとされました。黒い衣装も、トラウザーズだけでは不足で、黒のロングスカートかロングドレスはほとんどの人が持っていました。どちらも共演者との親和性を高めるためです。すなわち、あまりに個性的なデザインのドレスは実用性に乏しいとされ選ばれず、「みんなが持っているようなデザイン」のものは「使い勝手が良い」とされました。そうなると、必然的に誰もが同じような「スパゲッティストラップやチューブトップのドレス」を持っているという環境ができあがります。この「和」を乱すことは実質かなり困難でした。

2013年撮影の宣材写真。自分の個性にそぐわない気がして、一度も使ったことがない。

パニエも必ず用意があり、本番によっては着用します。その頻度は決して低くはありません。わたしは留学時にパニエをイギリスに持ってこなかったのですが、6年目になる今まで一度も必要としなかったことに、むしろ驚いているくらいです。通っている学校の弦楽器奏者の中でパニエを見た覚えがありません。

日本において優れたヴァイオリン奏者および指導者として多数の弟子を輩出した江藤俊哉の妻・江藤アンジェラは衣装について、ベロア素材は音を吸収するから着用しないように、と生徒たちに伝えていたそうです*24。その理論に則れば、布の集合体であるパニエも音響の面で歓迎されなかったでしょう。そう考えると、江藤の弟子たちは、パニエを身につけていなかった可能性が高そうです。パニエは10年代へ推移する中で生まれたトレンドなのでしょう。

*24. 『江藤俊哉 ヴァイオリンと共に』江藤俊哉(音楽之友社・1999年)のはずが、ページを失念。見つけ次第追記予定。

10年代後半になってレーストップが流行ったので(おそらく11年ケンブリケンブリッジ公爵夫人キャサリン妃ウェディングドレスの影響)、20年代の今はデコルテを出さないドレスの選択肢が増えました。にしても、ファストファッションや手頃に買える服はさらにぐっと増えたので、かえっていろいろな衣装を取り揃えるのが定番となってしまいました。これはみなさんのワードローブを見れば明らかでしょう。

今回の調査によって、今我々が「着なければいけない」と思っているものが、ただ時のトレンドであることが明らかになりました。それはすなわち「必ず守らなければならないもの」とは言えません。

なぜ、日本ではふんわりドレスが定番化したのか、そのはっきりとした理由は今のところわかりません。でも日本では、まるでディズニー映画の登場人物を模したようなドレスが多数見つかります。また人々はそれが「欧州のカルチャー」だと信じてやみません。音大生に人気のドレスメーカー「Aimer(エメ)」のインスタグラムを見てみましょう。ステージドレスをフィーチャーしたアカウントでは、メインビジュアルとして白人モデルが並んでいます*25。エメは呉服店を起源に持つ三松グループが79年にスタートさせたブランドで*26、日本発の企業です。このように日本企業が「外国人」に見えるモデル(すなわち白人系)を起用する例は、アパレルの世界で広く見られる現象です。

*25. Instagram @aimer_colordress
https://www.instagram.com/aimer_colordress/
*26. 三松グループの歩み https://www.mimatsu-group.co.jp/history/

いわば日本に入ってくる「外国人」の情報というのが、ハリウッドなどのレッドカーペットやセレブリティのウェディングの様子であるだけに、「ゴージャスなドレス」の印象が一人歩きしているのでしょうか。クラシック音楽という「洋もの」には、「洋もの(と思われている)」衣装をあつらえないといけない、という意識が強いかもしれません。

ちなみに本来の西洋のアイデアで言えば、日中と夜のドレスコードは異なるのですが、現代の日本においてはそのアイデアは抜け落ちているので、時間帯の別を問わず「フリフリドレス」が着用されます。日中の極めてフォーマルな催しでは、肩が露わになる衣装は認められないという意識は忘れられていると思います。参考までに、英国夏の風物詩「ロイヤル・アスコット」王室主催の競馬レースの来場客へのドレスコードを見ると、肩紐は1インチ(約2.5センチメートル)以上のものを身につけるよう指定があり、スパゲッティストラップやオフショルダー、ホルターネック、およびストラップレスのドレスは不可とされます*27。

*27. Royal Ascot — What to Wear — Ladies Dress Code https://www.ascot.com/what-to-wear/royal-ascot/royal-enclosure/ladies

もちろん文化というものは各地で独自の発展を見せて良いものです。そうして磨かれていくわけですし、欧州だけが世界の正解ではないので、必ずしも欧州の規範に従う必要があるとは言い切れません。でも、単に時代のトレンドである「フリフリドレス」が「正式なもの」と捉えられて、着用が強要されることのない環境を望みます。衣装の強要は、雇用主と被雇用者間、消費者と生産者間、あるいはスポンサーと演者間のみならず、同業者同士にも起こり得ます。今日の日本においては、まだ「ドレスを着たくない」と声を上げることは難しく、マイノリティーの主張です。

本稿は筆者が博士論文執筆中に興味が及んで、本業そっちのけで息抜きとして作成してしまったものです。いち演奏家視点から綴られた、未熟な研究者による、客観性を欠く見解であることは承知なので、とりわけメディア・表象研究や服飾の分野からサポートしていただけることがあれば心強いです。また本稿では触れませんでしたが、「ヴァイオリニスト」へのステレオタイプとして特に「赤いドレス」というイメージがあることは、日本とイギリスの両方で個人的なヒアリングにより確認が取れていますが、その起源は今もって不明で、調査中です。もし有力な情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ筆者までお寄せいただけますと幸いです。

ヴァイオリニスト・英国王立音楽院博士課程
原田 真帆 拝

*全ての参照したWebサイトは、最終アクセス日2022年5月27日です。

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はらだまほ

ヴァイオリン弾き。装備は弓とペン。いつでもシャツ着てます。藝高/東京藝術大学/英国王立音楽院修士を経て現在同博士5年。